西加奈子さんの小説は、心に響くものが多いです。読んだあとの感じ方は人それぞれですが、私は、温かい気持ちになる一方で、いつもどこか痛いところを突かれた気分になります。
『ふる』を読んで感じた「優しさ」の意味と、「今を生きる」ということについて、考えてみたいと思います。
ネタバレを含む要素がありますので、読みたくない人は読まないよう、ご注意ください。
目次
西加奈子『ふる』
基本情報
発売日:2015年11月6日
著者: 西加奈子
出版社:河出書房新社
ページ数:268ページ
「いつだってオチでいたい」と望む28歳の花しす。誰も傷つけたくないという思いをもちながら過ごす毎日。そんな彼女に変化が訪れます。主人公の心の動きに揺さぶられ、過去、現在、未来、「今」について考えさせられる作品です。
主人公「花しす」という人間
「優しい癒し系」という存在
この物語の主人公は、「優しい」性格の持ち主。自分の言いたいことは基本言わない、相手に、集団に、その場の空気に調和して生きている人です。
日本にはきっととっても多い人種。人は花しすを「優しい」と言うし、花しすは人に好かれやすい。けれども、本人は自分のことを「優しい」とは思っていません。
もっと堂々としてよと言いたいなら、言えばいい。でも言えないのは、さなえを傷つけたくないからではなくて、誰かを傷つけた自分を見るのが、怖いからだ。いつだってオチでいたい、皆の「癒し」でいたい自分の、それは何よりの狡さだ。
引用:西加奈子『ふる』P145
受身でいること=優しさではない
この花しすの思いは、とても共感する部分がありました。人を傷つけたくない、自分を守りたいという気持ちからくる、私自身にも思い当たる節のあるこの「優しさ」。それを優しいという言葉で表現されることには違和感があります。
自分の中にそういう部分があるからかもしれませんが、私は、一般的に言われる「優しい人」が苦手です。それって本当の優しさじゃないんじゃないかと思うからです。
「優しい」という言葉は、いろんな場面でいろんな人に使うことのできる便利な褒め言葉です。でも、おとなしい人は皆優しいのでしょうか、何でも受け入れてくれる人は優しい人なのでしょうか。そうじゃありません。本当の優しさというものは相手の言いなりになることとは違います。奥ゆかしくて遠慮深いこととも違うと思います。
本当の優しい人とは、相手が傷付いたり、自分のことを嫌いになったりすることを恐れがあったとしても、相手に対してきちんと自分の思いを伝えられる人だと思います。なおかつ、自分の伝えたいことを、相手との関係性や信頼度なども考えて、伝え方を最大限配慮することこそが、私は優しさだと思うんです。
本当の優しさって、そういう深みのある愛情に対して使われるべき言葉なんじゃないかな。
だから一般的によく言われる「癒し系」という人種に私はどうも納得がいかないし、それに騙される男性は、人間として浅いと思います。受身でいることだけが優しさではない。本当に優しい人はきちんと言いたいことを言う人です。
やや話が逸れましたが、花しすという人物を通して、「優しさ」というものについて考えさせられました。西加奈子さんの作品は、主人公の女性の心の動きにとても共感させられます。
「今」を生きるということ
忘れないための記録
花しすには、毎日の生活の中での音をこっそり録音するという、ちょっぴりストーカー的な趣味があります。読んでいて、最初は「職場に好きな人がいるのかな」とか予想していたのですが、そうではありませんでした。
自分は次々と、新しい「今」に身を浸している。それは避けられない。過去の「今」を忘れてしまうのは、だから当然とも言える。でも花しすは、そのことに、わずかでも抗いたいような気持ちだった。自分が確かにいた「今」を、少しでもこの「今」に、閉じ込めておきたかった。
引用:西加奈子『ふる』P119
少し違うかもしれませんが、写真を撮るという行為も、これに近いものがあるのかなと思います。一刻一刻過ぎている「今」という時間を閉じ込めるという点においては同じです。
忘れたくない、忘れられたくない、そう思いながら人は記録というものを残すのかもしれません。
生きることは忘れていくこと
お話を読むにつれて、淋しいけれど、人はたくさんのことを忘れながら生きている、ということに気付かされます。
忘れていても忘れられていても、傷つけても傷つけられても、過去は変えられないし、その過去を経て生きてきた自分の現実も変えられない。全てを受け入れて、それでも前を向いて生きていくことが大切だと教えてくれます。
そうして生きている「今」について、考えさせられるお話です。
まとめ
やっぱり西加奈子さんの作品は、温かく、読んでいて、心が落ち着きます。「ちゃんとしてない大人」が出てくる作品が多く、だからこそ、ちゃんとしていない自分の部分といつも共鳴するのかなと感じています。
ところどころ出てくる同じ名前の人物や、ふってくる言葉、白いものなど、不思議な部分がいまひとつ受け入れられなかったという人もいるようですが、その独特の雰囲気もまた、私は好きです。
よかったらぜひ、読んでみてくださいね。
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