生き方を学んだファンタジー*小野不由美『十二国記』シリーズ

高校生の頃に初めて読んだ、小野不由美さんの『十二国記』シリーズ。10年以上が経った今も、何度も読み返しては、私の人生の教科書のようになっています。

主人公が異世界へと連れ去られ、その世界で王になるというファンタジー小説。舞台は異世界なのに、現実世界に通じる人間の弱さ、それを乗り越えていく人間の姿が生々しく描かれています。NHKでアニメ化もされました。シリーズ物の小説で、まだ完結していないのですが、私のように、長年ファンでいる人も多いのではないでしょうか。

今日は私が『十二国記』シリーズから影響を受けた言葉、私自身の生き方の見本としていつも心に留めているフレーズを紹介します。

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小野不由美『十二国記』

全シリーズ

これまでに以下のシリーズが刊行されています。

  • 『魔性の子』
  • 『月の影 影の海』(上・下)
  • 『風の海 迷宮の岸』
  • 『東の海神 西の滄海』
  • 『風の万里 黎明の空』(上・下)
  • 『図南の翼』
  • 『黄昏の岸 暁の天』
  • 『華胥の夢』
  • 『丕緒の鳥』

2016年中に新刊発売!?

2015年12月、公式ツイッターより以下のようなお知らせが!

2016年度中の完成を目指して新作の長編を執筆中とのこと。ものすごく楽しみです。今後の情報に大注目ですね!

影響を受けた言葉

『十二国記』に登場するセリフやフレーズには、影響を受けたものがたくさんあります。自分の弱さに対してどう向き合うか、信じるということ、人に感謝するということなど、生きていく上でとても大切なことを、いつも考えさせられます。

たくさんあるフレーズの中で、特に心に残っているものを5つに分けてご紹介します。物語の引用がたくさん出てくるので、読みたくない方は読まないようにご注意ください。

人を信用するということ

 

追い詰められて誰も親切にしてくれないから、だから人を拒絶していいのか。善意を示してくれた相手を見捨てることの理由になるのか。絶対の善意でなければ、信じることができないのか。人からこれ以上ないほど、優しくされるのでなければ、人に優しくすることができないのか。そうじゃないだろう。

引用:『月の影影の海』より

誰かを信用・信頼することは、見返りを求めることとは関係がないということを教えてくれます。自分が優しくしたいからする、信じたいから信じるという、一見簡単に思えるこのことは、実はすごく難しいことなんですよね。

幸せとは何か

 

人が幸せであるというのは、その人が恵まれているからではなく、ただその人の心のありようが幸せだからなのです。苦痛を忘れる努力、幸せになろうとする努力、それだけが真に人を幸せにするのですよ。

引用:『風の万里黎明の空』より

自分が幸せになるためには、行動を起こさなければなにも始まらない。不幸を嘆いていても何も生まれないという現実が、ガツンと胸に響きます。

人間って不幸の競争をしてしまうわね。自分が一番可哀想だって思うのは、自分が一番幸せって思うことと同じくらい気持ちいい事なのかもしれない。自分を哀れんで、他人を怨んで、本当に一番やらなきゃいけないことから逃げてしまう。

引用:『風の万里黎明の空』より

今の自分の状態に不満があるなら、抜け出すために動かなきゃいけない。自分が可哀想だといくら嘆いても、何一つ変わらないんですよね。

例えばの話、仕事も嫌なら辞めればいい。夫婦関係も冷めてるなら別れたっていい。現実はそう簡単にはいかないことは分かっていますが、自分の中の不幸に浸ってしまうことが一番怖いことだと思います。結果的にうまくいくかよりも、行動を起こすことが何より大切。その場から逃げたっていいし、別の選択肢を選んで進んでもいい。自分で決めて行動を起こすことこそが、幸せの第一歩なんだと教えてくれます。

感謝・尊敬の念とは

人はね、景麒、真実、相手に感謝し、心から尊敬の念を感じたときには、自然に頭が下がるものだ。礼とは、心の中にあるものを表すためのもので、形によって心を量るためのものではないだろう。

引用:『風の万里黎明の空』

私は、自分が小学生の時も教員時代も、小学校の卒業式練習というものにとても違和感がありました。「美しいお辞儀のタイミングは1・2・3で顔を上げるのよ」「ここで皆で声を合わせて『ありがとう』と言いましょう」といった「やらされている」感謝。

儀式という場面においては、必要なことではあるのかもしれないけれど、無理やり形によって感謝や尊敬の念を表したところで、伝わるものなんてないんじゃないかなと思うんです。

「礼とは、心の中にあるものを表すためのもの」。自然に相手に感謝や尊敬の念を感じ頭を下げられる、品性のある大人になりたいものです。

人の罪とは

よく、そんなつもりじゃなかった、とか、そんな大事だとは思わなかった、と私たちは言うわけですけど、罪の重さを知らずにいること自体、それが一つの罪なんじゃないかな。罪の重さを分からないで罪を犯すことは、二重の罪悪なのかもしれません。

引用:『華胥の夢「乗月」』より

ほんとそうですよね。「罪の重さを知らずにいること自体が一つの罪」。言い逃れをしようとするあんな人やこんな人が思い浮かびます。

けれど、そういう私も、誰かに嫌な思いをさせてしまったりすると「そんなつもりじゃなかった」って思いがちです。でもそんなとき、言い訳をするのではなく、潔く全力で謝れる人になりたい。小さなことでも「気付かなくてごめん」って言えるようになりたいな、と思うのです。

何かを成すこととは

責難は成事にあらず――人を責め、非難することは、何かを成すことではない。責めるのは容易い。非難することは、誰にでもできることです。でも、ただ責めるだけで正しい道を教えてあげられないのなら、それは何も生まない。正すことは、何かを成すことだけれど、非難することは、何かを成すことじゃない。

引用:『華胥の夢』より

これは、ブログをやっているととても実感します。

誰かの記事を非難ばかりして満足している人をたまに見かけますよね。もちろん、何かの話題に対しての反対意見や議論であれば何も問題ありません。けれども、非難して(ひどい場合は誹謗・中傷までして)何かを成したつもりになっている人の記事は、読んでいてとても残念な気もちになるし、本当に何も生まれないなあと思います。

私も影響力のない個人ブログとはいえ、思っていることを発信している以上、「非難することは何かを成すことじゃない」という言葉は、いつも胸に留めておきたいなと思っています。

まとめ☆

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フレーズだけを抜き出すと、おカタイことばかりが書かれたお話なのかと思ってしまいそうですが、そんなことないのでご安心ください!『十二国記』はストーリーや世界観も面白く、すごく読みやすい小説です。

一度その世界にどっぷりとハマってしまえば、一気に読んでしまうこと間違いなし!

まだ手に取ったことのない人は、ぜひ一度読んでみてはいかがでしょうか☆


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