西加奈子『ごはんぐるり』を読後私にとってのごはんを考えてみた

西加奈子さんの『ごはんぐるり』というエッセイを読みました。

あぁぁっ…!!!分かるっ!!分かりすぎる!!という共感と、読んでてほっこり癒されるこのかんじ。やっぱり西さんの言葉にはいつも引き込まれます。

読んだ後、私にとって『ごはん』とはなんだろう。ふと考えてみました。つらつら自分のことを語っているだけでしかも長いので、お暇な人だけどうぞ。

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『ごはん』のありがたみを知った18歳

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「ごはん」という言葉には、何かしらこちらを漂白する「キラキラ」が宿っている気がする。
やはりそれは、「命のこと」に繋がっているからだろう。

引用:西加奈子『ごはんぐるり』

私は、小さい頃から、あまりものを食べない子でした。

幼稚園のときは、食べきれないパンと牛乳を持ったまま帰りのバスに乗っていた記憶もあるし、小学校の給食はもはや地獄。掃除中に机を下げられた状態で給食を食べるのが日常で、「不味いし多い…なんでみんなこれを普通に食べられるんだ」と苦悩の毎日。

子どもが大好きなおやつさえもそれほど興味がなく、お祭りでもらえるおやつのためにみんなが群がる様子をしれっと冷たい目で見てるような、食べものに対してものすごく冷めた子でした(可愛くない)。

中学・高校はお弁当だったので一応完食していましたが、今思えば、拒食症かと思われるくらいの手の平サイズ弁当箱(しかも1段)にちょこっと入ったおかずとごはん。

でもそれで十分。

そんなかんじで18年間過ごしてきたため、いつの時代も私はガリガリ。体は丈夫だったため、親は「食べなさい」というのももはや諦めていて、それが普通の毎日。

ほんと、食べ物に執着心のない子ども時代を過ごしていたと思います。

そんな私が、『ごはん』のありがたみを知ったのは、18歳。

一人暮らしを始めてからのことでした。

今までは、当たり前のように与えられていた『ごはん』。一人暮らしを始めた途端、誰も作ってくれる人なんていません。当たり前ですが、作るどころか自分で調達しない限り何もないんですよね。

あ、ごはんがあるって贅沢なことやったんや…

とふと気付く私。

帰省して、母親のご飯を食べると、これまでと違い強烈に美味しく感じたことを今でも覚えています。

ごはんが食べられるって素晴らしいことやったんやなぁ…と。

そして、母は18年間も私のためにご飯を作ってくれていたのに、夕食中に「もっと食べたい」とか「ありがとう」とか、言ってなかったよなぁ…と反省したのでした。

私にとって「毎食出てきて当たり前…むしろそんなにいっぱいいらんわ」くらいの認識だった『ごはん』は、実は私が生きるということに直接つながっていたこと。それに気付いてもない私に文句1つ言わず、毎晩ごはんを作ってくれた母親の愛情に気付いた一人暮らしでした。

それからは、誰かと食べに行ったり、作ってもらったりしたごはんは絶対完食したいと思うようになったし、不思議と自分から「食べたい」と思うようになった。

今でも決して大食いではないけれど…人並み程度には食べるようになりました。

結婚相手の条件は『ごはん』

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もし、「女の子は高級な店に連れてゆけば大丈夫」と思っている男性がいるとすれば、もちろんそれは間違いだし、「男の人は焼肉が好き」と思っている女性がいるとすれば、それも間違いだ。どうか自分の「好きな人」を、思い浮かべてほしい。

引用:西加奈子『ごはんぐるり』P81

自分がずっと気付いてなかったくせに、気付いた瞬間から、結婚相手には「ごはんの価値観が合う人」という条件が加わりましたw

え、自分18年間散々食べ物残してきたやんけ…!と言われるともう何も言い返せないのですが、食べもののありがたさを知ってから、正直言って『ごはんの価値観』が合わない人は全く興味が湧かなくなった…。

ごはんの価値観が合う人

『ごはんぐるり』の中に、「○○の正解」という章があります。「初デートの正解」「オーダーの正解」「正解すぎる店」…

うわぁぁぁ、めっちゃわかる―――!!!!

ってなりましたね。

デートってだいたいの場合、一緒にごはん食べるじゃないですか。その時に、「あ、この人は気が合うな」とか「この人はなんか違う」ってすごくある。

西さんと同じで、私もお酒のないお店を選ぶ男は「なんか違う」の部類。好き嫌いの多い人や小食の人にはイラっとしてしまうし、気を遣って「好きな物頼んでいいよ」とか「俺は飲まないけど、飲んでいいよ」とか言う男もなんか違う。

節約志向で記念日に高い店に行くことを嫌がる男も嫌だし、かといってジャンクフードは一切食べないぜ!という人もなんか違う。デートはオシャレなお店に行くものだと思ってる人もしんどい。かといって、オシャレな店は肌に合わん!とか言って頑なに行きたがらない男も無理。

ふらっと道を歩いてて、「あ、このお店いいかんじ」ってフィーリングが合う人がよい。

オーダーのフィーリングも同じ。

もちろん完全にぴったりじゃなくてもいいのだけれど、食べ物の価値観が合うかどうかって、お金の価値観と同じくらい大事だなぁと思います。

ほんと、結婚すればこれから生きていくうえで、一緒にごはん食べることだけは一生続いていくもんね。

何でも美味しく食べられる人の魅力

今の夫とは、ごはんの価値観がとても合うんですよ。

それというのも、お付き合いをしていた頃、私が自分の食の価値観を彼に植え付けたといっても過言ではない。

うちの夫は、出会った頃、食のバリエーションが狭い人でした。

基本的に食べているものは、実家のお母さんが作った和食と、学生同士でよく行くようなチェーン店の外食。

正直デートでそれだけじゃちょっと…物足りないですよね!!!!

和食は大好きだし、チェーン店だって美味しいところもたくさんあるのは知ってるけど、やっぱりちょっと特別な日にはオシャレなお店だって行きたいし、こだわりのお酒と創作料理が出てくるような居酒屋だって行きたい。

うちの夫も付き合った当初は、頑張っていろんなお店を探してくれていたのは伝わったのですが、どうしても「慣れてない感」は出ます。

それならいっそ一緒に開拓すればいい!!そう思った私は、付き合っている間に、これでもかというくらい今の夫といろんなものを食べに行きました(あの頃は私も働いてたからお金があったの…涙)。

もともと好き嫌いはない人だったので、いろんなものを一緒に食べるのはすごく楽しかった。食べ物にあまりお金を使う人ではなかった夫が、今では私以上にいろんなものを食べたがるようになりました。

結婚した今も、一緒に珍しい料理をしてみたり、あの頃とまではいかなくてもたまに良いかんじのお店へ行ってみたり、お金がないときはファミレス飲みをそれなりに満喫したり…「あぁ、ちょうどよい!」と思える価値観で過ごせています。

あの週末飲み食べ歩きデートがなかったら、今の楽しい食卓はなかったかもしれないと思うんですよね。

私にとっての料理の楽しみ

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目の前にいる人を喜ばすことが出来る、その一瞬の繋がりに、私はいつでも憧れ続けているのだ。

引用:西加奈子『ごはんぐるり』P10

食べてくれる人がいるから作る

私は基本的に、料理好きではありません。

自分からこれを作りたい!と思うことってあんまりないし、自分が食べるためにこだわってメニューを考えるのは面倒くさい。

たまに夫が飲み会で帰りが遅い日なんて、「よっしゃ今日は何も作らないぞ!」とコンビニで普段食べないお弁当や、スーパーのお惣菜なんかで満足しちゃう人です。

でも、料理をすることが嫌いなわけではありません。

誰か食べてくれる人がいるなら、なんだかんだ言って楽しんで作ってる気がする。それほど苦手でもないし、作ったら作ったで、出来あいのものより美味しかったりする。

でも、自分で「おいしい」と思うだけじゃ満たされない。夫に「おいしい!」と一言言ってもらえると、なんだかそれだけで幸せな気分になれる。逆に、失敗したら意味分からんくらい落ち込むw

私にとって料理とは、誰かに褒めてもらえることの喜びを思い出させてくれる作業なのかもしれません。

…だから、「おいしかったらおいしいって言って!」と無理やりにでも言わせる私なのでした。だって褒められたいもん。

夫婦間コミュニケーション

それからもう一つ。

料理は、私たち夫婦にとってコミュニケーションの1つ。

週末は一緒に夕食を作ることが日常化した最近では、「ちょっと凝ったもの」を2人で作るのがとても楽しい。一緒に買い物へ行って、食べたいものを買い漁り、普段使わない肉とか調味料にも積極的に挑戦。

最近では、「私はこれ作ってるからその間そっちの一品よろしく!」みたいな分担もできちゃうから、手間も半分。

好きな音楽を流しながら(テレビは付けない!)、なんとなく会話したり、無言で黙々と作業したり。

なんかただ一緒にご飯作ってるだけなんですけど、これって素敵やん!と思う瞬間です。

私の中では、「料理ができる人」というのは結婚の条件に全くなかったのですが、こうして一緒に料理できるのはとてもよい。結婚すると、結婚前のようにお金を使いまくって外食はできなくなったけれど、その分一緒に作る楽しみが増えました。

結婚してから、新たな『ごはん』の楽しみ方を見つけたような気がします。

まとめ

私にとっての『ごはん』を考えてみると、それだけでいろんなことが思い浮かんできました。当たり前だけど、産まれたときから死ぬまで、何かしらを食べて生きていくんだなぁと思います。

ごはんを食べることって生きることの基本だし、よく言われることだけど、「命を食べている」という感覚も忘れずにいたい。

「いただきます」の挨拶も忘れずにいたい。

西加奈子さんの語りを読んでから、いろいろ考えていると、なんだかそんな温かい気持ちになったのでした。

ここまで長々と読んでいただきありがとうございます。私なんかの『ごはん』にまつわる話の100万倍面白い『ごはんぐるり』も、ぜひ読んでみてくださいね。

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